2004年2月:まちづくりの主体と取りまく環境


 ここでは、何が「まちづくりを決定するのか」を整理してみたいと思います。そして、今後のまちづくりがどう進もうとしているのか考えてみましょう。

 

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 まちづくりを決定する要素には、大きく次のようなものがあると考えて良いでしょう。

 @住民、A行政、Bまちづくりコンサルタント、そして、Cそれらを取りまく環境です。

 

@住民

 「まちづくり」対象地区に直接係わる住民です。

 近年、まちづくりにおいて「住民主体による」とか、まちづくり計画に「ワークショップ方式」が採り入れられ、その中で「住民参加(または参画)」などと言われるようになりました。

 地域住民と言えば、何となくわかったような気になるものなのですが、実はこれがくせ者なのです。「地域住民」とは一体誰のことを指すのでしょうか?

 つまり住民の中には、居住者もいれば(その中には、子供、母親、父親、老人等もいます)、そこで生業として、農業や商業を営む人々も、企業人として働く人々(経営者・労働者)もいるわけですし、観光地などは来訪者もいるわけです。

 また、まちづくり計画への住民参加と言っても、それに全ての人々が参加できるわけではありません。たまたまそこに参加している人々は、本当に地域住民を代表する人々なのでしょうか?

 

A行政

 とりわけ高度経済成長期は、急速にまちづくりを進める必要があって、行政が中心となってまちづくりを進めてきました。それが郊外に展開する都市づくりでも、中心部の再開発でも殆どが行政中心のものでした。今あるまちの姿の多くは行政に大きな責任があるものだと考えられるのです。

 今、財政的理由や住民の強い意見もあって、行政はまちづくりの責任から逃れようとしているように見えることもありますが、上記のような住民の曖昧性を考えると、やはり、行政はまちづくりをリードする重要な主体であって欲しいと私は思っているのです。

 

Bまちづくりコンサルタント

 なぜここでコンサルタントを挙げるのか不思議に思われる方もいるかもしれません。私がここで挙げる理由は以下の2点を重視するからです。

ア)計画の総合化

 上記2つに比較すると、まちづくりにおいてはやや中間的な主体かもしれません。そのため、住民と行政の様々な意見調整を行いつつ、今後の社会が進むべき方向をを考慮しながら、総合性のある計画としてまとめていく上で特に重要な役割を担うことになると考えているからです。

イ)諸提案を作成する実務者

 まちづくりには、必ずそれを計画図や文書等にまとめる作業者が必要です。かっては、行政を助け(行政も頼りにし)、まちづくりの案を作成していれば良かったのですが、住民が参加するようになると、諸提案の選択肢とそれぞれの意味、選択肢の将来予想等を的確に示すための高度な専門的作業が必要になるのです。それがなければ単に意見の言いっぱなしの会議ばかりが実施されることになってしまうでしょう。

 ですから、ここでは必ずしもコンサルタント業を営む者を意味していません。つまりそういう役割を果たす人でありさえすれば良いのです。ただ、それには、高度な専門家(または専門家グループ)が必要になるのです。

 

 これらのいずれが欠けていても、仮に何となく人々に合意されたかのようなイメージはできても、「実現するためのまちづくり」はうまく進まないことになるでしょう。

 

Cそれらを取りまく環境

 いわゆる、地域を取りまく政治・経済・社会及び文化環境であり、その中で成立した各種法律・制度等もこうした中に含めて良いでしょう。

 都市が成長していく時期と衰退していく時期では、こうした環境は「逆転」とでも言いたくなるような変化を示します。都市への人口集中から郊外部への人口の外延化等、東京の変化の様相を考えるだけで様々なことが思い当たると思います。

 都市を計画するという立場で言えば、本来そのタイミングに進めたいまちづくりを可能とする制度的な条件が整うためには大抵の場合10年程度遅れます。ですから、望ましいまちづくりには先を読んだ行動が必要なのですが、それを現実のものとするためには、それを支える人々の先見性が必要になります。しかし、あまり先見的すぎると人々の合意形成すら不可能です。ですからまちづくりは常に大多数の人々が納得できるレベルでしか進められない事が多いのです。

 いつも現状追認のようにしかまちづくりが進まないのは、恐らくこうした環境の変化の仕方と、まちづくり関係者の特性があるのではないでしょうか。

 また、現在、社会環境が激変していることが、今後のまちづくりの進むべき方向性をさらにぼかしてしまっているのでしょう。

 

 一つ明らかなことは、今後のまちづくりには、「時間を計画する」つまり、まちづくりプロセス自体を運営していくことが求められるということです。

 

 これまでの計画、特に高度経済成長期には、行政にはノウハウがなく、計画づくりの多くはコンサルタントに頼らざるを得ませんでした。しかし、コンサルタントにも様々な人々がいますから、恐らく十分な成果で応えてはいなかったのでしょう。行政担当者が経験を積むにつれ「コンサルタントに頼るだけではダメだ。コンサルタントを使いこなすようにならなければ…」ということを言い始める自治体も出てくるようになりました。つまりコンサルタントは「先生」から、協力者というより、一気に「業者」になり下がっていったかのようです。

 かってコンサルタントは、計画づくり特に空間計画の専門家であったかもしれません。しかし、計画書もデータで納品するようになると、ある種の計画はその修正や物まね計画でも可能になってくるのです。しかも財政が厳しくなるにつれ、「時間を計画する」というわけのわからないことになってくると、コンサルタントに委託するよりは、行政自らが計画づくりを行うことが求められるようになりました。つまり行政がまちづくり全体のコントロールをするようになってきたようです
 行政職員は、常に部署を異動していきますし、地位も変わっていきますから、専門的知識・経験の蓄積は殆ど不可能です。また、まちづくりに係る担当者の年齢層が実際に事業を動かしたことのない世代に推移するにつれ、何かを「決定する」ための計画というより、「調整」の素材としての計画が重要になってきたかのようです。

 悪く言えば、決断しない行政がまちづくりをリードするようになったのです。住民の声が強くなるにつれ、「合意形成」ということが、決断しない大儀名分となりますし、その方が財政支出もなくてますます都合が良いわけです。

 

 住民はと言えば、当面は、言いたいことを言える場が増えたことに満足し、そのうち、何度も似たような場が持たれているにも拘わらず何も動かないことに苛立ち始めているようですし、住民参加が進んでいるところでも、住民自らがまちづくりへの参加(またはまちの管理運営等への参加)し続けることに疲れを感じ始めているかのようです。

 

 コンサルタントは、経済的には、まちづくり全体の仕事が減少する中で、大学やNPOなどとも競合しつつ、互いの生き残りをかけて仕事受注のための叩き合いをしているわけですが、仕事の内容面でも、まちづくりに係る先導的な役割からはずれ、行政の指示で動く業者として動かされるようになり、住民参加等の場では、計画づくりをリードするというより、資料づくりや記録係の仕事が重要な仕事になってきたようです。これらの仕事は、あくまでもまちづくりの手段に係わるものであって、まちづくりの目標に直接係わる仕事ではありません。これではコンサルタントの役割が低下するのも仕方ありません。

 

 新しいまちづくりに向けて、各主体が惑い悩んでいるのです。

 こういうまちづくり環境から抜け出すには、どのようにしていったら良いのでしょうか?

 

   平成16年2月 

 

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