1999年1月号:情報と情報技術



 昨年1年間の詳細な動向については年末の特集記事に譲りますが、中で最も気がかりなのは、国際社会とりわけ金融環境の劇的な変化の中にあって、日本企業の国際社会に背を向けるような様々な動きです。21世紀がどのような世紀になるのか私には予測できませんが、この情報・金融の巨大化の中で、不安定さを一層増していくことは確実なように思われます。

 このページの更新の度に、様々な動きの一端を書き留めてきましたが、それもインターネットを使えば簡単に整理してくれています。情報技術は極めて便利ですが、一面大変危険な要素を含んでいるものであることも十分意識していく必要があるように思われます。

 最近、情報技術を扱いながら、私たちはもっともっと人間にしかできないこと、情報技術では扱えないことを大切にしていく必要があると強く思うようになりました。

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 最近、パソコンやインターネットの将来も少し見え始めてきたように思います。私は、仕事の関係上、こうした環境を身近なものとしていますが、この方向が、決して人々の幸せな方向にはならないものであることを 感じるようになりました。

 情報化時代から今や「高度情報時代」と読んでもよい時代になっていると考えてよいでしょう。しかし、ちょっと考えて下さい。私たちは「情報」と「情報技術」を混同してはいないでしょうか?
 私にはこの10数年の間に変わってきたものは「情報技術」であって「情報」そのものはちっとも変わっていないようにさえ思われます。簡単に言ってしまえば、ただ便利になり、ただ忙しくなってきているだけのことです。単にパソコン環境の高度化に引きずられてそれを追い求めて行くだけでは、決して幸せな時代を導くことは不可能なように思われます。扱うべき情報が違わないのにそんなに「情報技術」ばかり追い求めてどうしようというのでしょうか?
 今、パソコンに習熟している若者達は、自分のしたい仕事に合わせて使うパソコンの能力を選別し始めています。もうすでにあり余る機種が存在しているのです、そろそろ扱う「情報(=仕事、と言い換えてもいいですね)」に合わせた技術を活用する能力が重要な時代になっているように思われます。

 しかし一方で「情報技術」が「情報の質」を変えつつあることも確かです。残念ながら現在は「従来の情報の見方」で情報技術を捉えようとしている時代のように思われますが、もう少したてば「情報技術が情報の質を変えていく」様をもっともっと身近に感じられるような時代になるように思われます。早くそうなって欲しいものです。もうそのための技術は既に整っているのですから。

 こういうことが、どうすればどの程度の費用で可能になるのか、どのような成果が可能になるのか、発注する方もよく理解せずまたそれを使いこなせない状況では、まだまだ「情報の質」は変わっていかないのかもしれません。私たちは現在、可能な限りそうした成果をお出ししているのですが、「もっと当たり前にこういうことを求めてくれる時代にならないかな」と期待しているのです。そうすれば私たちの仕事がもっとやりやすくなること確実なんですから(^^;。

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 あっ、もう新年になってしまいましたね。

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 99年1月1日(金)

 


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